第9章 Fuck you, I won't do what you tell me  

5人。
マリファナ
「50ダラー!!」。


・・・最悪だ。


インド人5人は相変わらず口々に
「50ダラー!!」
中でもタンクトップの隣に位置取る
我々を連れ回したリクシャーワーラーは
さらに大暴走。


マリファナがキまってきたのか
目の焦点は定まっていない。


「お前パーラクパニール食っただろ!?
 あれは500ルピーはするんだ!!」


確かに連れられて行った青空安食堂で
お奨めのチキン・ビルヤーニーではなく
俺はひとりパーラクパニールを頼んだ。


パーラクパニールはほうれん草と水牛のカッテージチーズのカレーだ。
俺の好物ではあったのだが
それよりもM上やこいつと同じチキン・ビルヤーニーを頼まなかった最大の理由は
前回のアグラーでの沈没である。
アグラーで始めて死を意識したあの夜
その最後の晩餐になりかけたのがマトン・ビルヤーニーであり
そのトラウマから
俺はインド風ピラフとでも言うべきビルヤーニーを避けるようになっていた。


ただし
さすがに値段を見ずに注文するほど
俺はインドに対して磨耗してはいない。


「あれが500ルピーもするかい!!
 確か40ルピーだ!!」


必死の抗議も虚しく
さらに訳の判らない持論を展開するリクシャーワーラー。


「お前らのせいでポリースに捕まったんだ!
 罰金で30ドルも払ったんだ!!
 お前ら弁償しろ!!!」


ふざけんな!あれはお前の整備不良だろが?!!
しかも30ドルも払ってないだろ!!
おもくそ50ルピー札出してたじゃねぇか!!



埒が明かない。


マリファナで極めてハイテンションかつ攻撃的になっている5人。
交渉の余地すらない。


「おいっ列車出発まで時間ねぇぞ?
 ムカつくがちょっと多めに渡して
 ぶっちぎろうぜ!!?」


確かにM上の言うとおり
列車出発までもう30分を切っている。


「クソッ・・・確かにこのままじゃどうしようもねぇ。
 50ドルはさすがに出せんが
 そうするしかねぇか・・・。」


我々がそんな相談をしている間も
奴らは口々に「50ダラー」
ニヤニヤと上機嫌だ。


タンクトップの男に至っては
俺を指差し
その後自分のはちきれんばかりに太い腕を
ポンポン叩きながらニヤニヤ何か口走っている。
差し詰め
「お、どうした?ジャパニ?
 やんの?やんのか?
 俺とお前の腕の太さ見てみろ?!
 よーく考えろよ?ガハハッ!!」といった具合か。


一瞬熱くなってしまい
ふざけんなこのボケェ?!!
と歩み寄ってはみたが
・・・残念ながら完全に負け試合だ。


異国の地で
マリファナでベロンベロンの現地人5人に囲まれているのである。
正直かなり怖い。


・・・しかし、完封負けはせん!!


我々はリクシャーワーラーの右手に
10ドル札を叩きつけ
「ヘイッ!!"10"ダラー!!!
 OK?!じゃあな!!!」


待てよとばかりに肩に手をかけるポロシャツの右手を払いのけ
5人の間をすり抜け
旅行代理店に向かいゆっくりと歩き出した。


走って逃げたりはしない。
しょうもない、実にくだらない最後の意地である。


背中に降り注ぐ
「ヘイッ、ジャパニ!!ウェイト!!」
「50ダラー!!」
「カモンッ!!ジャパニ!!」
といった怒声を振り切りながら
旅行代理店の重いガラス扉を押し開ける。


「ヘイッ?どーしたジャパニ?そんな怖い顔して?!」


口元を少し吊り上げ
作り切った笑顔で語りかける店長。


「いいからチケットだ!!」


「フンッ。オーケーオーケー。そんなに焦るなよジャパニ。」


我々の後を追って
タンクトップら5人もすぐに旅行代理店に入ってきた。


苛立った声で店長に話しかけるタンクトップと
それをたしなめるように笑顔で返す店長。


そのうちに店長と5人はいやらしい笑みを携えながら
雑談を始めてしまった。


この様子だと
やはりというか当然というか
彼らはグルだったのだろう。


チケットをカウンターに放り投げるようにしてよこす店長。


我々はそれをふんだくり
料金をカウンターに叩きつけ
無言で旅行代理店を後にした。


「グッドラ〜ック。ジャパーニー。ハハハッ。」



してやられてしまった。


さすがに身包みは剥がされなかったが
こんなところで10ドルもの出費は痛い。


「グッバーーイ!ジャパニ!!」
「シーユー!!」
「アイラビュー!!ガハハッ!!」


店を出た後も
タンクトップ達は
負け犬日本人をからかうことを忘れなかった。


我々も振り返りながら
中指を立て
思いつく限りの捨て台詞を吐き
駅へと向かう。



列車はいつもどおり遅れてニューデリー駅を出発し
苛立った我々をあざ笑うかのように
ゆっくり
ゆっくりと走り出した。


チケットは無駄に高い
A/C 3-Tier。
つまりエアコンの効いた車両の
3段ベッドのものであった。


隣の席には
インド人家族。


父、母、兄、
そして5歳くらいの少年の4人家族だ。


取り留めのない話で始まり
夜も更けだした頃
M上が5歳くらいの末っ子に
カメラを向ける。


ささくれ立った我々の心は
その少年がカメラの前で取った
見事なファイティングポーズによって
少しだけ癒された気がした。



そして
冷房の効きすぎた
この時期だと少し肌寒い列車の中で
長かったインド2日目が終わった。


列車はガヤーへ。



つづく