第8章 The Battle Of New Delhi 2  

チョビ髭の旅行代理店での一件で慣れていたせいだろうか
話を聞くだけなら問題ないだろうということで
我々はその怪しい旅行代理店のガラス扉を押し開けた。


店内は暗く狭く
いかにもいかがわしい雰囲気を醸し出している。


店の奥には木製のカウンターがあり
そのさらに奥に何処に通じているのか判らない木製のドア。
おそらく逃げるためだろう。
カウンターテーブル越しのイスには
これまた胡散臭い店長らしき男が
頬杖をついていかにもだるそうに座っていた。
目は閉じられている。


寝てるのか・・・?


ドアの開いた音で
男はゆっくりと目を開き
入ってきた人間が外国人、しかも日本人らしき人間、
つまりはカモであることに気付いた男は
慌てて姿勢を正し
満面の笑みを浮かべた。


「ハロー!マイフレンズ!!ホェア アー ユー フロム?!」


いつから俺たちはお前のお友達になったんだ?
しかし兎にも角にも旅行代理店に入ってきてしまったのだ。
我々はガヤー行き列車チケットの予約をしたい旨を伝えた。


「OK!!ガヤー!!グッドタウン!!ノープロブレム!!」
大げさにうなずく男。


カウンターの上の受話器を取り上げた店長らしき男は
早口でまくし立てるようにしゃべり出した。


「アーーー・・・・トレイン・・・・アーーー、ガヤ!!・・・オーケー!!」
ガチャ。
わずか5秒で電話終了。
ほとんど聞き取れない。
ヒンドゥー語と英語を意図的に織り交ぜているようだ。


電話中終始横を向いていた店長らしき男は
イスを回転させ我々のほうに向き直り、一言。
「フルだ!!」


はぁ?!ほんとかオイッ!!


「しかし・・・ノープロブレムだ!ジャパニ!!
 俺のコネを使えば無理やりねじ込めない事もない。
 それにはもう200ルピーかかるが良いか?!」


絵に描いたような手口だ。
おそらくさっきの電話もどこにも繋がっていなかっただろう。
その男のあまりにも安っぽいやり口は
ガイドブックに書いてある詐欺の手口そのものであったが
さほど高すぎる言い値ではなかったため
我々はその言い値で列車の予約を依頼することにした。


「オーケー。ただし料金はチケットと引き換えだ!!」
我々がそう言うと
店長らしき男は一瞬眉をしかめたが
すぐに作り笑顔で了承した。
「オーケー。ノープロブレム。」



我々はガヤー行き列車チケットの予約を依頼し
旅行代理店を後にした。


外に出ると店の前で待ち構えていたであろう
リクシャーワーラーが待ってましたとばかりに
声を掛けてきた。


「ヘイッジャパニ!バナナいるか?」


右手には半分ほどかじられたバナナ
左手にはおよそ一房のバナナを持っている。


なぜバナナ?


「ノーサンキュー。」


「そうか。じゃあ俺のリクシャーでデリー観光に行かないか?500ルピーだ。」


列車出発までゆうに3時間はある。
なぜバナナから市内観光に話が繋がるのかは謎だったが
リクシャーワーラーの言い値が300ルピーに下がったところで
我々はあっさりその提案に乗ることにした。


普段であれば・・・いや初めてのインド旅行であれば、初めてのデリーであれば
こんなにほいほいと日本人慣れしたリクシャーワーラーの誘いには乗らなかっただろう。
しかもリクシャーをチャーターしてまで狭いデリーの市内観光なんて・・・。


やはりどこかで甘く見ていたのだ。
このリクシャーチャーターこそがトラブルの決定的な引き金。
3つめの間違いであった。



リクシャーをチャーターした我々は
たらたらとデリー観光。


ラールキラーを遠くから望み
途中、青空安食堂でチキン・ビルヤーニーやパーラクパニールを食った。
ジャマー・マスジット近くの道路で
運転手の男は警察に止められ罰金を払ったりもしていた。
どうやら料金メーターが壊れていることも含め整備不良のようだ


インド門前の公園では
縁日で見かけたことがあるような懐かしいおもちゃにも出会った。
プラスチック竹とんぼとでも言うのだろうか
公園を歩いていた我々に
両肩に目一杯おもちゃをぶら下げた
汗だくのインド人が近づいてきた。


「ヘイッジャパニ!!ルックルック!!」


妙に興奮した汗だくインド人は
そのプラスチック竹とんぼについていた紐を我々の目の前で思いっきり引っ張る。
ブルンッと音を立て
プラスチックの羽は高速で回転しながら
雲ひとつない空へと吸い込まれていった。


しばらくすると少し離れた場所にプラスチックの羽が落ちてきた。
汗だくインド人は小走りで落下地点に向かい
羽を拾って我々のところに戻ってくる。


「はぁ・・・はぁ・・・すごいだろ?!ジャパニ!!これがたったの100ルピーだ!」


「いやボリ過ぎだろ。ホテル1泊ぐらいするじゃねぇか。」


「いやいや良く見ろジャパニ!!こんなにすごいんだぞ?!ファンタスティックだ!!」


汗だくインド人は再び紐を思いっきり引っ張る。
風のせいだろうか
今度は先ほどよりさらに遠くに羽は落ちていった。


汗だくインド人がそれを拾いに行っている間に
我々はその場を離れた。



そんなこんなで2時間ほど観光を続けた後
リクシャーは旅行代理店近くの広場に戻ってきた。


背の高い木々が茂る薄暗い広場であった。
けたたましいデリーの喧騒に負けぬよう
木々の葉も風に揺られざわめいている。


「シガレット?!」
振り返る運転席の男。


M上は黙ってタバコを1本
運転席の男に渡す。


「サンキュー。」
運転席の男は手に入れたタバコの中から
おもむろにタバコの葉を掻き出し
中に別の葉を詰め始めた。


「マリワーナー。ベリーグッド。」
男はタバコの中身を
マリファナに詰め替え
マッチで火を点けた。


「ハロージャパニ!!」


ニヤニヤしながら
別のインド人がリクシャーの中を覗きこんできた。


恐ろしくガタイが良く
その太い腕を見せ付けるがごとく
黒いタンクトップを着ている。


運転席の男はそのタンクトップに
マリファナを回す。


深く煙を吸い込み
恍惚した表情でタンクトップがつぶやく。
「マリワーナー、ベリーグゥゥゥゥッド。」


タンクトップはもう一度煙を深く吸い込み
深呼吸をするようにゆっくりと吐き出すと
いつのまにか接近してきていたポロシャツの男に
マリファナを回した。
我々を旅行代理店に連れて行った男だ。


タンクトップやポロシャツだけではない。
いつの間にか我々のリクシャーは
5人のチャラチャラしたインド人に囲まれていた。


我々の周りで続々と
マリファナに陶酔したインド人が増えていく。
今思えばなぜあっけにとられたように
ただただその光景を眺めていたのだろう。
間違いなくヤバイ雰囲気であった。
逃げ出せば良かったのだ。


4つめの間違いであった。


やっとのことで重い腰をあげ
リクシャーの外に抜け出したときには
もはや逃げ場は無かった。


「ヘイッ!マニー!!」


運転手の男が右手を突き出した。
その高圧的な態度に腹が立たない訳でも無かったが
それよりもこの場面から早く脱出したかった。


「300ルピーだったな?ほら。」


M上が300ルピーを差し出すと
運転手の男はその手を強く払いのけた。


そして運転手から発せられた
衝撃の言葉。


「ノー!50ダラー!!」



・・・えーーーっと
1ドルが40ルピー前後だから・・・
50ドルだと・・・2000ルピー・・・


はぁ?!!




つづく