第5章 IN DELHI 

客引きという仕事を立派にやり遂げて
颯爽と去っていくインド人2人を乗せた普通乗用車。


どこだ?此処は。


あきらかにメインバザールではない。


ひととおり辺りを見回し
M上と目を合わせた後
正面に顔を向けると
怪しい旅行代理店と
チョビ髭。


「コンニーチワー。
 ドーゾドーゾ
 オチャデモゴチソーシマス。」


流暢な日本語で
旅行代理店に我々を誘う
この上なく胡散臭いチョビ髭。


「どうする?」


「大丈夫じゃね?
 俺らインド2回目だし。
 入るだけ入ってみようぜ。」


この慣れ慣れ感は本当に危険だ。


チョビ髭に誘われるがまま
我々は店内に。


店内はそこそこの広さだった。
重いガラス扉を押し開けると
長机とイスが置かれた八畳ほどの大部屋。
壁にはインド各観光地のポスター。
そして奥にはソファと小さなガラステーブルが置かれた
小部屋が見える。


我々は店の奥の小部屋に通される。


「ドゾ コチラニオスワリクダサイ。」


我々が色褪せたソファに座った瞬間
出入り口の前に立ち塞がる店のスタッフ。


うーーむ、脱出防止か・・・。
ドアの前に立ち塞がった男は
さほどがたいは良くないものの
背は高く北インド人特有の鋭い目をしている。


「インドハ ハジメテデスカー?」


くだらない雑談から始まったチョビ髭との会話の行き着く先は
やはり当然ツアープランの提案であった。


「アグラーマデ タクシーヲ チャーターシテ イキマース。
 インド ベリベリ アツーイ。
 エアコンツキノ タクシー ジャナイト
 ムリデース。
 タージ・マハル ベリベリ キレイネー。」


何が悲しくてタクシーをチャーターしてまで
アグラーに行かなきゃならんのだ。
ぼったくりツアーの予感。


ここで店のスタッフが
チャイと
新聞の切抜きを持ってきた。


「イマ インドハ オマツリネー。
 トレイン フル デ ノレナイネーー。
 トレイン リザーブ ムリネーー。」


新聞の切抜きの記事で
列車が満席であることをアピールするチョビ髭。
なぜそこだけ切り抜く?!
いつの新聞だよそれ?!


「モチロン グッド ホテェル デ ネマース。
 インド ノ ホテル ベリベリ キタナイネー。
 デモ コノ ホテル グッドネ。。 
 ソノアト タクシーデ ジャイプル ニ ・・・ 
 ・・・デ 1ウィーク デ ココ カエッテクルネ。」


「で、いくら?」


「500ドルデース。
 ベリー ヤスイネー。」


高ッ!!!
前回はインドに1ヶ月も居て
200ドルも使わなかったんだぞ?!


「500ドルも持ってねぇよ。」


「オーー アイノウ アイノウ。
 ワタシ シッテルネーー。
 アナタタチ オカネナイネーーー。」


なんて失礼な発言だ。


「タクシー エアコン ナシニスルト
 450ドル デース。
 イマ インド アマリ アツクナイ。
 ノープロブレムネー。」


おまえさっきと言ってること違うじゃねぇか。


「450ドルでも高すぎるだろ?」


「オーケー ホテル チガウトコニスルト
 400ドルネー。
 オカネ ナイヒト ミンナ ココニ トマリマース。
 ノープロブレムネー。」


「高い。」


「オーケー。タクシー ヤメテ トレイン ニ スルト
 370ドルネー。」


おまえさっき列車の予約は取れないって
言ってなかったか?


とりあえずここでこんなぼったくりツアーを申し込むつもりは
さらさら無かったが
ひとまずチャイを飲み干すまでは
ゆったりチョビ髭の話に耳を傾けることにした。


我々とチョビ髭が「タカイ」だ「ヤスイ」だ
一向にまとまる気配のない交渉を続けていると
ふいに出入り口のドアが開き
バックパックを担いだ若い男が入ってきた。


「ただいまーーー!!」


日本人?!


「オーーー ヒロシ!!
 オカエリナサーイ!!
 ドウデシタ?」


「いやーー最高だったよ!!
 ここのツアー!!」


「オーー ソレハヨカッタ!!
 タージ・マハル ハ ドウデシタ?」


「すごくビューティフルだったよ!!
 人生観変わったね!!
 ほんと最高!!」


なんだこの三文芝居は。


「ヒロシ ハ 1ウィーク アゴ
 インド ニ キタネ。
 ソシテ ココデ ツアー モウシコミマシタ。」


「あっ、日本の方ですか?
 こんちわ。」


さも今気付いたかのように
わざとらしく我々の方に顔を向けるヒロシ。


「僕も先週インドに着いたんですけど
 怖くて怖くて・・・。
 それでここでツアー申し込んで
 ちょうど今帰ってきたところっすけど
 いやぁここのツアー最高っすよ!
 安全だし快適だし。」


「へぇーー、そうですかーーー。」


セリフじみた口調で
この店のツアーを絶賛するヒロシ。


「いやぁこの内容なら500ドルは全然高くないですよ!!
 ここは本当に信頼できます!!」


「もうほんと最高の思い出が出来ましたよ!!」


「ヒロシハ グッドナ トラベルニナッタネーー。」


おもくそサクラじゃねぇか。
現れたタイミングも胡散臭いし
なによりなんだこの演技がかったやりとりは?


「あ、じゃあ俺ちょっとお土産でも買いに
 出てきますねーーー。」


「オーーヒロシ。マタ アトデ。」


ひととおりの台本をこなし
店を出て行くヒロシ。


「ヒロシガ イッタ ヨウニ
 ココノ ツアー ベリベリグッドネー。」



さて、チャイも飲み干したし
そろそろ行くか。


「それじゃオヤジ。
 俺らもそろそろ行くわ。」


「オーー チョットマツネ!
 グッド ツアーヨ!?
 300ドルオーケーネ。」


チョビ髭の制止を振り切り
出口に向かう我々。


「マツネ!!ジャパニ!!
 トレイン フル ヨ!!
 タクシー オーケーネ!!」


「サンキュー!!
 チャイごちそーさま!!
 バーーーイ。」


扉の前のガードを払いのけ
我々は旅行代理店を後にする。


日本人のサクラを雇っているのには驚いたが
兎にも角にも
50ルピーで市街地に到着。
チャイもタダで飲めたし
上々のスタートだ。



我々は旅行代理店のある路地を抜け
大通りに出た。


「ハーーイ!ジャパニ!!
 リクシャーー?!」


リクシャーワーラーだ。


現在地がわからない以上
リクシャーに乗っていったほうが無難そうだ。


「メインバザールへ行きたいんだけど。」


「オーケー!!カモン!!
 ノープロブレム!!」


4年ぶりにリクシャーに乗り
懐かしさに浸る俺とM上。


小さな角を何度も曲がり
細い路地をゆっくりと走るリクシャー。



あれ?この景色は・・・


「オーケー!ヒアー!ジャパニ!」
リクシャーが停車。


いやしかし此処は・・・。


「オカエリナサーイ。」


またここかい!!?





つづく