第45章 The Man Who Sold the Ticket

インドで最後の夕暮れ。
その太陽が西の空に落ちた頃
空港へ向かうバスがやってきた。


バスは驚くほど空いていた。
我々を含めても空港に向かうのは10人もいない。


インドでの日々を思い出させながら
バスはゆっくりと走る。


途中信号待ちの間
果敢にもバスに突っ込んでくる
新聞売り。
そしてバクシーシ(喜捨)を要求する老婆。
こんな光景さえも
インドを懐かしくさせる。



そういえばインドで最初に
衝撃を受けた体験は
このバクシーシかもしれない。



野良牛も
右手を使った食事も
紙の無いトイレさえも
割とすんなり受け入れられたが
あのチェンナイの夜
俺の腕を掴んだ小さな女の子の
その手の冷たさを
俺は忘れることは無いだろう。



程なくバスは空港に到着した。


チェンナイと比べると
かなり立派な空港だ。


我々は出発ロビーにある硬いイスに座り
インドで最も安定感のあるインスタントのトマトスープを飲み
飛行機の出発時間を待つ。



30分も経った頃


「あのーすいません・・・。」
イスの後から日本語で声を掛けられる。


振り返ると日本人女性が2人。


「日本の方・・・ですよね?」


「そう・・・ですけど?」


「すいません!助けてください!!」


彼女達の話では
数日前にデリーよりインドにIN
⇒空港からタクシーに乗る
⇒そのまま無理やり旅行代理店に直行
⇒そのまま無理やり1週間で500ドルの超ぼったくりツアーを組まされる
⇒そのまま無理やり行きたくもない観光地をタクシーで連れまわされる
⇒そのまま無理やりインドの金持ちの家に連れていかれセクハラ三昧
そして今日に至り
手持ちはすっからかんでインド終了。


うーーーん、絵に描いたようなぼったくられ方だ。


要はお金を使い果たしてしまったため
デリーの空港の空港使用料500ルピーが
支払えないというのだ。


困ったときはお互い様!
なにより旅行者はお互いに助け合うべきだ!!


我々は喜んで2人分合計1000ルピーを貸した。


「ありがとうございます!!本当にありがとうございます!!
 絶対に日本に帰ったら返しますから!!」


我々はお互いの連絡先を交換し
別れ
その後飛行機に乗り込んだ。



出発は深夜
長旅の疲れでうとうとしているうちに
飛行機は懐かしのマレーシア、クアラルンプール国際空港に到着。


さて、ここで最後にして
最大、最悪の問題が。


乗り換え27時間待ち。


・・・無理!!
絶対無理!!
行きもこの空港で19時間も乗り換え待ちしてんだ!!
この空港のことは知り尽くしている!!
もはや時間のつぶしようが無い!!
いやもう絶対無理!!


我々はチェックインカウンターに駆け寄り
ダメもとで受付の女性に
帰国便の変更を懇願。


しかし、行きと帰りの便が
確定している格安航空券。
しかもリコンファーム済。
つまり帰りの便を『再確定』してしまっている。
帰国便の変更は受け付けてもらえるはずもなく
受付の女性は首を横に振るばかりだ。


やっぱりダメか・・・。
この空港で後27時間も・・・。
無理だ・・・。


あきらめかけたそのとき
カウンター奥のドアが開き
恰幅の良い男が出てきた。


男はカウンターで騒いでいる日本人の話を聞きつけたのか
受付の女性に状況を確認しているように見える。


困った顔で男に状況を報告する
受付の女性。


受付の女性と2、3言葉を交わした後
男はふいにカウンターの上に置いてあった我々のチケットを取り上げ
手元のパソコンをいじり
チケットになにやら文字を書き込み
最後に大きな判を押した。


そしてそのチケットを我々に返す。


我々が訳も解らず
カウンターの前でおどおどしていると
男は表情を全く変えず
左手を振り上げ
少し声を張った。


「なにをやってるんだジャパニ!!
 あと10分で飛行機が出るぞ!!
 走れ!!ハリーアップ!!」


えっ!?
なに!?
乗れんの?!飛行機!!?


最も望んでいたことではあったが
頭の中が真っ白で状況が良く把握できない。


男に言われるがまま
考えるより先に我々は走り出していた。


「サ、サンキュー!!サンキューベリーマッチ!!」


走りながら
思い出したように後ろを振り返り
大声でお礼を言うと
そのとき男は初めて笑った。


「グッドラック!!ジャパニ!!」



まさかの帰国便変更!!
その瞬間
彼は俺の中で世界一かっこいい男だった。


我々は急ぎ足で搭乗口へと向かう。


その足取りは驚くほど軽い。


日本に帰ることが死ぬほど待ち遠しい訳でもない。


むしろまだインドに未練があるくらいだ。


しかし俺の体は羽が生えたかのように軽かった。




・・・そりゃ1ヶ月で7キロも痩せてりゃね。






『 寒さと 暑さと 飢えと 渇えと
風と 太陽の熱と 虻と 蛇と
これらすべてのものにうち勝って
犀の角のようにただ独り 歩め 』



ブッダのことば』(スッタ・ニパータ)より
地球の歩き方 【インド編】 より抜粋―



NAF河口のインド旅行記【第1部】 ― 完 ―