第44章 10 minutes

色粉の散らばった
ホーリー直後限定バナナカードをたいらげた俺は
ひとりでデリーをうろついてみることにした。


M上はめずらしく
宿でぐだぐだするのだそうだ。


とりあえず宿があるメインバザールを出て
新市街コンノートプレイスまで
歩いて行ってみることにする。


この旅行中
俺が寝込んでいることが多かった為
M上はひとりでうろうろする機会が多かった。
俺はと言えば
歩き慣れたヴァラナシを除けば
実にプネー以来のひとり長時間散歩である。



久々のひとり散歩にわくわくしながら
コンノートプレイスに向かう道中
笑顔の少年達に囲まれる。


「ヘイ、ジャパニ!!
 ユー、エンジョイド ホーリー?」
みんなにこやかだ。


俺も笑顔で
オフコース!!」


「ソー ユーアハッピー!!
 アーー、・・・○×△○」


なんだろう・・・。
少年達もカタコトの英語。
俺もカタコトの英語。
そればかりかところどころ
俺は日本語
彼らはヒンドゥー語?だろうか・・・
しかしなんとなく会話が成立しているのだ。


そして最後は笑顔でSee You!!だ。




コンノートプレイスはまるで廃墟のようであった。
店はことごとくシャッターを下ろしているし
車やリクシャーもほとんど走っていない。


歩いている人もほとんどいないが
ところどころに色粉まみれになったインド人がうずくまっている。


うーーん、あのうずくまり方は酒とかじゃねぇなぁ。
ドラッグかなぁ・・・。
ドラッグだろうなぁ・・・。
あれ生きてんのかなぁ・・・。
生きてるといいなぁ・・・。


みやげ物を追加しようと
コンノートプレイスに来てみたはいいが
この状況ではむしろ開いている店のほうが怪しい。


俺はメインバザールに戻ることにした。



この時間になっても
メインバザールは昨日までの喧騒からはかけ離れて静かだった。
食堂などがちょこちょこ営業しているぐらいだ。


なんというか
早朝の町を歩いているような雰囲気で
リクシャーのエンジンの音も
警笛も
物売りの掛け声も
人々のざわめきも
昨日と同じような時間に同じようなところを歩いているのに
昨日までとは全く違うことに
妙な違和感を覚える。


ぶらぶらと奥のほうに歩いていくと
公園があった。


どうやって遊ぶのかわからない
おかしな遊具が設置されていたりするものの
木々が茂り
ベンチもあり
砂場もあり
そこで遊ぶ子供達。
どこか懐かしい感じがした。



公園のベンチに座ってボーっとしていると
「ハロー。」
日に良く焼けたインド人が不意に近寄ってきた。
そして俺の隣に腰を下ろす。


「コリアン??」


いきなり国籍を問われる。
良くある事だ。


「日本人だ。」


「オー、ジャパニ!!」


男はバナナ売りらしい。


そこから俺とバナナ売りは
カタコトの英語
そして身振り
手振りで
とりとめのない会話を続けた。


バナナ売りの英語は
先ほど出会った少年達より拙かった。
もう本当に単語だけを羅列する感じだ。
まさに今の俺と同レベルの英語力である。


「日本ではバナナ1本いくらだ?」


「円だとわからん。ルピーで言ってくれ!」


「なに?!日本ではバナナはそんなに高く売れるのか?!」


主な話題は日本のこと
日本のバナナのこと
インドのこと
そしてインドのバナナのこと。


俺は下痢になったときインドのバナナに救われた話をし
男は神様に与えられた自分の仕事を
誇りを持ってやっていると胸を張り
いつかは日本でバナナ売りをしてみたいと夢を語った。


「おい、水をくれ」


持っていたミネラルウォーターを手渡すと
男は飲み口に口をつけない
インド式の飲み方で水を飲んだ。


・・・・・



「そうか。今日、日本に帰るのか。


 ・・・また、インドに来いよ。」


10分くらい話しただろうか。
最後にバナナ売りはそう言い
仕事があるからと去っていった。



・・・・・



また、インドに来いよ


カタコトだった。


カム、インディア、アゲイン。



俺と彼との出会いはわずか10分。


もちろん彼にとっては
社交辞令というか
なにげない一言だったろう。


ただそれでもその言葉は
インド最終日、感傷的になっていた俺に
深く
深く、突き刺さった。



カム



インディア



アゲイン







      つづく