第33章 IN VARANASI 


乗り込んだ列車はヴァラナシ行きの直行便ではなかった。
どうやらまずはアグラー近くの小さな町に向かい
その町でヴァラナシ行きの列車に乗り換えるようだ。


しかも、座席は旅行者用の指定席や寝台車ではなく
一般車両の自由席。



ひどい・・・。
なんだこの混みようは?!
座席はもちろんフルに埋まっているうえ
座席の端の手すり、通路、荷棚までインド人で溢れ返っており
中には窓から体を乗り出して座っている奴もいる。


当然クーラーなど無いのでものすごい熱気だ。


いゃ、無理。絶対無理。


我々は車両に乗り込むのをあきらめ
車両と車両の連結部分にスペースを確保することにした。
ここにももちろん人はいたがあっちより全然ましだ。


しばらくその場所でくっちゃべっていると
乗務員が近寄ってきた。


「おい、おまえら切符を見せろ。」


切符を見せると急に乗務員は説教を始めた。
どうやら我々の切符は自由席のものだったので
ここ(指定席車両との連結部)にいてはいけない、ということを言っているっぽかったが
我々が英語がまったくわからないフリをしていると
そのうち乗務員はあきらめて去っていった。


そうこうしているうちにアグラー近くの乗換駅に到着。
乗り換え時間までは時間があるので少し駅の外に出てみることにする。


駅を出た瞬間に妙なものを発見。


「ん?あそこで寝てんの日本人じゃねぇか?」
低い壁の上にメガネをかけたアジア系の小太りの男が寝転がっている。


「さすがにこんな訳のわからん町に日本人は来ないだろー。
 ましてや壁の上なんかで寝ないでしょ。」


我々は特にその男と接触するわけでもなく
その辺の食堂でチャイをすすりながら列車の出発時刻を待つ。



・・・時間だ。
駅に戻り列車に乗り込む。
いよいよヴァラナシ行きの列車が走り出す。



いやぁバスと違って列車はいいね。
揺れが少ないし
なによりトイレが付いてるし(インドではこれが最重要)。



このヴァラナシ行きの列車はエアコン無しの3段ベッド寝台車。
俗に言う2等列車だ。


寝台車といっても昼間は1番下のベッドが座席になっていてそこに3、4人ずつ座るようになっている。
我々もインド人にまぎれて座り片言の英語で会話を楽しんだり
窓の外に広がるインドの田舎の景色を眺めたり。



途中トイレに行っていたM上が戻ってきた。
「おい、さっき駅前で寝てたメガネの男もこの列車に乗ってるぞ。
さっきちょっと話したけど日本人だった。
向こうにいるからちょっと行こうぜ。」


そして日本人と久々日本の話題で会話。
メガネの男とおしゃべりしていると近くの席にいた迷彩服を着た軍人風のインド人が近寄ってきた。


「おい、おまえら。これ食え。」


みかんだ。見た目は怖いがやさしい人のようだ。
やっぱり列車の旅にみかんは付き物でしょ、と思いつつ
みかんを食い終わりしばらくするとまたさっきの軍人風の男が近寄ってきた。


「おい、ジャパニ。これも食え。」


差し出されたものはタバコくらいの大きさの新聞の包み。
中にはグリンピースのような豆や細かく刻んだ野菜が入っている。


これはもしや・・・!


インドの列車にはたくさんの物売りが乗りこんでくる。
駅などで停車するたび毎度だ。


だいたい
「チャ゛〜イ゛チャイ゛チャイ゛、チャ゛〜〜イ゛チャイ゛チャイ゛・・・」
とか叫んでいるが
その中でずっと気になっているものがあった。
それは
「プリガナプリガナプリガナプリガナプリガナプリガナプリガナプリガナ・・・」
と連呼しているやつだ。
このゆでた豆と刻んだ野菜の詰め合わせみたいなのがもしやあの『プリガナ』では!?


そのプリガナらしきものを指でつまんで食ってみる。


あっ、うまい。
シンプルな塩味だ。
インドに来てからスパイスめいたものしか食ってなかったのでさっぱりしていてかなり良い。



そうこうしているうちに夜になり座席がベッドに変わる。
俺のベッドの横にはインド人。
俺のベッドの下にもインド人。
同時にチケットをとったはずなのになぜかM上は斜め下のベッドだ。


ゆっくりと揺れる2等列車のベッドの上
我々は眠りに就く。



――目が覚めると楽しい2等列車の旅も終わり
15時間の長旅を経てついにヴァラナシに到着。


メガネの男と一緒に今日の宿を探す。


途中メガネの男が客引きの子供(10歳くらい)にマジギレし
俺は俺でメガネの男のその態度にキレそうになって若干嫌な空気になったりはしたものの
結局、その客引きの子供に案内してもらい
『ゴールデンロッジ』という安宿にチェックイン。
ヴァラナシで最安値の宿というわけではないが
ダブルルームで1泊一人当たり200円程度。
アグラーよりさらに安い。


暗いロビーみたいなところでくつろいでいると宿のオーナーらしきオヤジが声をかけてきた。


「ハロー!ジャパニ!!オムライスか?!ん?オムライスだろ?!」


はっ?


「だからオムライスだろ?!うちに泊まる日本人はみーんなオムライスを頼むんだ。お前らもオムライス好きだろ?!日本食食いたいもんな。OK、オムライスだな?!」


「まぁ・・・それじゃぁオムライスを・・・。」


「OK!!おーーーーい、オムライスだ!!オムライス!!」
厨房に声をかけるオーナーらしきオヤジ。
「やっぱり日本人はオムライスが好きだなー!!はっはっはっ!!」


オムライスが日本食なのかどうかは分からないが
我々がこの宿1番のお勧めのオムライスを食っていると
金髪の男が声をかけてきた。


「こんにちはーーー。日本人ですよね?いやぁずっと一人で旅してて心細かったんですよー。」


すかさず近づいてくるオーナーらしきオヤジ。
「ハロー!ジャパニ!!お前もオムライスを食いに来たのか!!オムライスだな?!オムライスだろ?!オーケー、オムライスだ!!」




ここはヒンドゥー教の聖地ヴァラナシ。





          つづく