第32章 IN AGRA 6


死さえ頭をよぎるほどの体調不良で俺が寝込んでいる間
俺を除く日本人軍団はいつかの朝方みんなでタージ・マハルを見に行っていた。
アグラーまで来てタージ・マハルを見に行けなかったのは心残りだが
今日でアグラーとはお別れだ。


風邪薬が効いたのか熱は下がったが
下痢止めと胃腸薬はまったく効いている様子はない。
相変わらずの体調だがこの調子にももう慣れた。
我々はヒンドゥー教の聖地ヴァラナシを目指す。



宿のチェックアウトを済まし
バンディの友達のタクシーで駅へ到着。
お決まりのようにバンディが列車の予約状況を確認しに行く。


待つこと5分。


「だめだ!あと30人は予約待ちらしい。」



・・・そんなはずあるか?
いくら列車が込んでいる時期とはいえこうも乗れないはずはない。
我々がタクシーを降り
自分達で列車の状況を確認しに行こうとすると、あわててバンディが止めに入る。
「そんな慌てないでもうちょっとアグラーに居なよ!
ヴァラナシに行って何になる?!
ガンガー(ガンジス川)が見たいならこの近くでも見れるところがある!!
そうだ!明日この車で見に行こう!!」


確かにヒンドゥー教徒でもないのに
ヴァラナシに行ったところで何があるというわけでもない。
ただ、なぜかヴァラナシには我々を惹きつける何かがあった。


我々はどうしてもヴァラナシに行きたい、
そして残りの日数を考えるともうアグラーを発たなければならないことをバンディに伝えた。


渋々頷くバンディ。
「わかった。仕方がないな・・・。」


そして、キョロキョロと辺りを見回し始める。


「ヘイッ!!カモンッ!!」


バンディに声をかけられ一人の男がタクシーに近づいてきた。


「この男に頼めば、チケットを取ることができる。
ちょっと高くなるけどいいよね?
おい、行ってきてくれ。」
そして男を駅構内へ向かわせる。



程なく男が戻ってきた。
その手にはヴァラナシ行きのチケット2枚。


そんなあっさり取れるんかい?!


どうにも胡散臭いがヴァラナシ行きのチケットをゲット。



「まだ時間があるからゆっくりしていきなよ。そうだ!これでも書いてればいい。」
と、バンディが差し出したのは例のノート。


・・・こんなの絶対書かないだろうと思っていたノートに
まんまと我々もバンディ大推薦文を書いてしまう。


『一見胡散臭く見えますが
バンディはとてもいい人です。』
とか俺がノートに書いている間に
M上がコーラを買ってきた。


自分の分と俺の分、そして、バンディ達の分だ。


「これを僕に?!ほんとか?!ありがとう!!」
意外なほど大喜びのバンディと
「ああ、コーラか、サンキューサンキュー。」
もらって当然という感じのバンディの友達。



相変わらず暑いアグラーの午後
4人でコーラを飲んでいると
バンディの友達が大笑いしながらバンディをからかい始めた。


「はっはっは!こいつ生まれて初めてコーラ飲んだから感動して泣いてるぜー。
おいっおまえら見てみろよー。ルック!!ルック アット バンディ!!はっはっは・・・!!」



友達の発言とは思えないボンボンのバカ発言だが
バンディの目は確かに赤かった。


大人なバンディは隣のバカを軽くあしらいながら
我々に一言「おいしいよ、これ。」と言った。




そろそろ出発の時間だ。
我々は荷物を背負い駅のホームへ向かう。
ふと、ブ○ーム&年上日本人のことが俺の頭をよぎった。


「そういえばもう一組の日本人2人はどうした?
あいつら今日バンディとバンディの友達たちとインドの風俗に行く約束をしてるってはりきってたぜ?」


不思議そうな顔で返すバンディ。


「いや、僕はそんな約束してないよ。それにあいつらは今日朝の列車でムンバイに発ったよ。」



・・・昨日の夜までそんな話をしてたあいつらが
今日朝の列車で旅立てるはずがない!
隠すようなことではないと思うが・・・。
・・・まさか拉致とかされてないだろうな・・・。
怖くなったので途中で考えるのをやめた。



我々はバンディ達に別れを告げ列車に乗り込む。



インドで最も治安が悪い町とうわさされるアグラー。
様々な思惑を持って町の人が旅行者に近寄ってくるという。
たった2、3日の交流で
その相手が本当に親切心で優しくしてくれているのか
それとも優しくしているフリで最後にはだまそうとしているのか
それを判断する力は俺にはない。
そんな短い間で相手を信じきることもできない。
もしかしたら途中まですべてバンディのシナリオどおり
最後の最後で我々があせって予定が狂っただけかもしれない。


ただ、あのコーラを飲んだときのバンディの涙はホンモノだったと信じたい。



列車は聖地ヴァラナシへ向かって走り出す。





          つづく