第18章 早朝の列車、二等、リザーブド


朝5時前に起床。


昨日、
「アッ、モンダイナーーーーイ!!オレが起こしてやる!
 駅までのリキシャーも呼んどいてやる!」
と言っていた宿の主人。
まったく起こしに来る気配は無い。
マハラジャルームで爆睡しているのだろう。
あいつ、モンダイだらけだな。


生乾きの洗濯物をリュックに押し込み
静かに宿を出る。


夜は明けていない。
街灯の光も乏しく、町は暗い。
地面が濡れている。
少し肌寒い。


列車の出発時間まであと30分。
駅まで歩いた場合、ぎりぎりの時間だ。


少し走ったほうが良いかな、と思った矢先、
暗がりの中にリキシャーと男がいるのに気付く。


「ヘイッ!リキシャー!?」
ぎらっとした白い眼が闇に浮かぶ。
夜も明ける前からリキシャーワーラーは元気だ。


駅へ、と告げると
100ルピーを要求してきた。
挨拶代わりの料金交渉を経て
駅まで80ルピーで折り合いをつける。


駅まではそこそこの距離があった。
車内に吹き込む風がひんやりと頬に当たる。


5分ほどで駅に到着。
リクシャーを降り
100ルピー札を渡すと
リクシャーワーラーは真顔のまま
胸ポケットにねじ込み
「サンキュー」と言う。
お釣りが出てくる気配はない。
結局値切った意味はなかったが
まぁ徒歩では危なかった距離だし
早朝料金ということで
「オーケー。」
と声をかけホームへ向かうことにする。
リクシャーワーラーはその瞬間だけ笑顔だった。



5時45分。
まだ真っ暗だ。
にも関わらず駅の周りには大勢の人がいる。
ほのかな光は駅舎と売店から。
駅前の売店で水を買い
ホームへ。
セキュリティゲートを横目に
隣の通路をなにごともなく通り過ぎる。
このセキュリティチェックは意味があるのかと常々疑問だ。



列車はホームに到着していた。
2等車両を探す。


自由席車両をいくつか通り過ぎた先に
我々が乗る指定席車両があった。


同じ2等車両でも自由席と指定席では雲泥の差だ。
自由席の場合、下手をしたら6時間にもわたって
ぎゅうぎゅう詰めの車内に監禁されることになる。
座れることはまずない。
席に座れるだけでも指定席はありがたい。
エアコンはどちらもないが
人の熱気が少ない分指定席車両のほうが涼しい気もする。


車両の入り口のドアに紙が貼ってあった。
紙には予約客の名前と座席番号が印刷されており
F田氏と俺の名前も確認できた。


踏み段を上り車内へ。


各座席の番号と手元のチケットを見比べながら
自分たちの席を探す。


「あった!ここだ。」


「・・・・・」


当たり前のように
我々の席に座っていたインド人と目が合う。


よくある。


「ハロー!」


笑顔で声をかけ
我々のチケットを見せる。


「オー、ソーリー。ノープロブレム。」


苦笑いで席を譲ってくれるインド人。
・・・まぁ、譲るもなにも俺たちの席だし、
ノープロブレムでもなんでもないんだが。



座席はしきりが無く、ベンチのような3人掛け。
それが向かい合っているので計6人がひとつのブロックに座る。


リュックを荷棚に乗せ
盗難防止のためにワイヤーロックで括り付ける。


窓側の席に座り、F田氏がその隣に座る。



出発時間の6時15分を待たず
唐突にガタンと足元が揺れ
列車は走り出した。


これだからインドの列車は油断ならない。
3時間遅れることもあれば
時間前に出発することもある。


出発してすぐに列車はまた速度を落とす。
隣町の駅に到着するようだ。


列車がホームに差し掛かる。
窓の外、若者2人が走っているのが見える。
列車と並走だ。
そのまま2人は我々の車両に飛び乗ってくる。
息を切らした若者2人。
そのままホームで待っていれば列車は止まるのに
無理くりこの車両に乗り込んできた。


「強引な乗り方っすね。」


「チケット買ってないんじゃないですかね。
 乗るときに駅員にバレないようにとか。」


「めっちゃ目立ってますけどね。」


2人は通路を挟んで我々の斜め前のブロックの席に座る。
その2人を隣の席の青年がいぶかしげに見る。
ラフな格好の2人組と対照的な
いかにもインテリ大学生っぽい青年。
小奇麗なチェックシャツに黒縁眼鏡。
整えられた顎髭。


我々の席にも
ふらふらとおっさんがやってきて
席の端の部分に腰かける。
そわそわ、きょろきょろしている。
こいつもチケット買ってねぇな。


この駅では列車はさほど止まらず
2分もすればまた走り出した。


窓際の席に座ったにも関わらず
すぐにうとうとと眠ってしまう。
割りと疲れていたのかもしれない。


目を覚ますと
次の駅に到着したところだった。


車両の前方の入り口から
サモサ売りやジュース売りが列車に乗り込み
それに続いて駅員も乗り込んできた。
切符のチェックを行うらしい。
F田氏の隣のおっさんが
速攻で席を立ち車両の後方へ逃げる。


気になるのは右前方の席。
全力ダッシュで列車に飛び乗ってきた若者2人組。
早々に逃げ出したおっさんと違って
こちらは堂々としている。
なにか策があるのか?


成り行きを見守っていると
意外にも若者2人組は
普通にポケットからチケットを取り出し
駅員に渡している。
駅員もそれをチェックし
サインをしたあと2人に返す。
問題ないようだ。
で、その隣のインテリ眼鏡が
駅員に怒られ、退場。
そっちかい!


先ほどのおっさんも腹をくくったのか
とぼとぼと戻ってくる。
案の定、駅員と揉める。
チケットらしき紙切れを見せてなにか言っているが
駅員は首を振るばかり。
結局、追加料金を支払う。
おっさんが持っていたのは自由席のチケットだったのかもしれない。


おっさんの後は我々の番だったが
後ろのインド人に順番を抜かされ
そのあと無事に切符チェックを終える。


気付いたら
車内に少し光が差し込んできていた。
窓の外に目を向ける。
晴天とは言えないが
夜は明けたらしい。







― つづく ―