第17章 雨が弾く光


20時を過ぎたころ
晩飯を食いに出かけることにした。


メヘラーンガルから戻ったあとは
チャイを飲みながら雨に濡れた路地を眺めたり
ベッドでゴロゴロしながら本を読んだりしていたが
さすがに腹が減ってきた。


ガイドブックによると
チョーハン・オムレツなる店が
深夜までやっているらしい。


ヨシダ君も誘ってみたが
部屋でスウェットとジャージ姿でくつろいでおり、
晩飯も済ませたとのことだった。
ヨシダ君は明日デリーへと発つと言う。
ここで別れの挨拶を告げ
デリーでの偶然の再会を期待し
F田氏とふたりで宿を出る。



ジョードプルの夜は暗かった。
街灯も少なく、時折民家から黄色い光が漏れる程度だ。
道端に寝そべった白い牛が
ぼんやりと闇に浮かぶ。


しばらく歩くと、開けたロータリーのようなところに辿り着いた。
暗がりの中に四角く白い光の塊がある。
オムレツ屋だ。


店はまさに露店、という感じだった。
駅や町中にある売店と似たようなつくりだ。
軒先に雑貨等も吊るしてあるし
売店も兼ねているのかもしれない。
店の周りにはプラスチックのイスが何脚か並べられているだけだ。


店のオヤジに
マサラチーズオムレツとマサラチーズスパニッシュオムレツを注文する。


また、ぱらぱらと雨が降ってきた。
イスに座ってオムレツが焼けるのを待つ。
ぼんやりとロータリーの向かいにある別の店の明かりを眺めていると
看板にチョーハン・オムレツの文字があるのに気付く。


「あれ?あっちがチョーハン・オムレツじゃん?」


どうやらここはチョーハン・オムレツではなく
ライバル店のほうらしい。
まぁいいか。
待っている間も、ちょくちょくインド人が
テイクアウトのオムレツを買いに来る。
地元ではどちらも人気店のようだ。
ジョードプルの旧市街では
この2店のオムレツ屋がしのぎを削っているのだろう。


頼んだオムレツがやってきた。
オムレツが食パンに挟まれている。
口元に近づけると
クミンやコリアンダーのスパイシーな香りが鼻をくすぐる。
噛み締めた瞬間はふわっと香ばしく
次いで、食欲をそそる辛めのソースの味と
濃厚な黄味の味が口の中に広がる。
ふた口目には卵とともに、とろっとしたアツアツのチーズの塩辛さ。
タマネギや青唐辛子のシャキシャキとした歯ごたえ。
あとから抜けるその爽やかな香り。


インドのオムレツは本当にうまい。
卵がうまい。
「なぜ、そんなにインドに行くのか?」とよく聞かれるが
その理由のひとつにキュウリが旨いというのがあり、
残りふたつがタマネギと、卵だ。
オムレツ屋の近くに
鶏がうろうろしている姿も良く見かける。
野放しで自由に生きた鶏の新鮮な卵を使っているのかもしれない。


あまりに旨かったので
お土産用にもうひとつマサラオムレツサンドを包んでもらい
店をあとにする。



店の左前方、ロータリーの入り口にあたる部分には大きな門があった。
ジョードプルは城壁に囲まれた城砦都市。
旧市街は何層かの城壁に囲まれており
各所に門がある。


門の向こうには時計塔があるらしい。
食後の散歩がてら
ちょっと覗いてみることにした。


雨も上がっている。



門を潜り抜けると
これまで出会ったインドには似つかわしくない
幻想的で煌びやかな光景が待っていた。


正面にはライトアップされた時計塔。
そこへと伸びるなだらかな下り坂が
黄金色に輝いている。
レンガを重ねたような石造りの道。
雨に濡れたその道が
街灯の光を反射して輝いてるのだ。
時計塔へ続く黄金の道。


思わずため息をついた。


悪く言えばテーマパークのような
計算しつくされた神秘。
美しさ。
ただし、それが西インドの一都市の
観光スポットでもないところにあるという
違和感。
未だ知らないインド。
そしてそれに偶然出会えた幸運。


雨季だからこそ出会えた
黄金の道。
5度目のインドで
また新しいインドがあった。








― つづく ―