第9章 帰れないふたり


リクシャーの運転手の男は日本語堪能だった。
見た感じ20代だろうにたいしたもんだ。
ただし話題はすべて下ネタ。
彼女は5人いるらしい。


オールドデリーへは20分ほどで着いた。
運転手の男は
「また、デリーに戻ってきたときは俺を呼べ!」
と携帯の電話番号を教えてくれた。


メインバザールからオールドデリーまでの距離を考えると
100ルピーは決して安くは無いが
安心料のようなものも含まれていると考えれば納得だ。
10年前のようにチンピラどもに囲まれたくは無い。



列車の出発時間まで、まだまだ時間がある。
とりあえず駅のほうへ歩く。
さっきの運ちゃんの話だと
ここから1キロほどだそうだ。


オールドデリーはメインバザールとは比べ物にならないほど
ごみごみとしていた。
いつスリに遭ってもおかしくないほどだ。


右手にラールキラーが見える。
世界遺産でもある荘厳な赤い城。
観光スポットとしては持って来いだが
どうやら改修中らしい。
特に立ち寄らずそのまま通り過ぎる。


さらに歩いていると、ぽつぽつと雨が降ってきた。
やはりなんだかんだ雨季だ。
あっという間に雨は大粒に。
ちょうど通りかかったサイクルリクシャーに乗り込む。


サイクルリクシャーは座席部分に簡素な屋根がついている。
大雨の中、自転車を漕ぐリクシャーワーラーには申し訳ないが
これも仕事、これも商売だろうと割り切る。


「駅へ行ってくれないか?!」


「ハッ?!!」


英語があまり通じないらしい。
「ステーション」
「スターション」
「スタルシオン」
様々な発音を試みるが
どれも通じない。


困ったリクシャーワーラーのおっさんは
その辺を歩いていたおっさんに通訳を頼む。


この道端のおっさんには
「スタルシオン」で意味が通じた。
道端のおっさんという通訳を通したリクシャーワーラーのおっさんは
俄然元気になった。
目指すべき目的地がはっきり分かったのだ。


それから5分。
到着したのは
・・・地下鉄駅・・・かな?


仕事をやり遂げた感のドヤ顔をこちらに向ける
リクシャーワーラーのおっさん。


「えっと、、、ここじゃなくて、、、いや、ノープロブレム!サンキュー!!」


とりあえずその地下鉄駅前?で降ろしてもらう。
ここで一旦雨宿りしよう。


確かにそこは地下鉄駅だった。
だが、日本の洗練された地下鉄駅とは大きく違い
暗く、蒸し暑く、まさに地下へと通じる施設だった。
地べたに座って、または寝転んで、動かない人々がたくさんいる。
その周りを多くのハエが飛び交っている。


我々も壁際のスペースに腰を下ろす。


ひんやりとした石の床。


向かいの壁の前にはふたりのインド人が座っていた。


ふたりのうち右は、作業着のような濃いグレーの上下に身を包んだ初老の男。
服装はヒンドゥー教徒っぽい。
少し前頭部が禿げ上がった白髪で、白い髭も蓄えている。
左腕に引っ掛けているピンクの布バッグがオシャレだ。


その隣、左には色あせたオレンジの民族的衣装に身を包んだ
いかにも胡散臭い男。
こちらも立派なあご髭。
頭にオレンジのターバンを巻いている。
スィク教徒のようだ。
見た感じ初老の男より20歳ぐらいは若い。


ターバンの男がしきりに初老の男に話しかけている。


F田氏が
そのふたりの様子をアテレコしだした。


「なぁなぁ、ちょっとこれ聴いてみなよ。」


ターバンが初老にイヤホンを勧めている。


「あ?なんじゃ?わしはそういうのはええんじゃ。」


体育座りをしながら嫌そうなそぶりを見せる初老。


「いいからちょっと聴いてみなって。超ナウいから!」


膝を立て乗り出して、無理くりイヤホンを初老の耳に突っ込むターバン。


「・・・いや、別に最近の音楽なんてわしは・・・フォ?!」


「な?!いいべ?!かっこいいべ!!?」


「え?!なに?!なにこれ?!!超クール!!
 なにこれ?!!え?!なんてバンド?!!」


「な!?いいべ?!」


「やるのう・・・最近のも、やるのう・・・。」


そんなちょっとハイカラなインド人達のやりとりをアテレコしながら
時間をつぶす。


そのうち、コンクリートの天井を叩く雨の音が
徐々に静かになってきた。



さて、駅を目指すか。










― つづく ―