第1章 インディラー・ガーンディー国際空港、深夜


来ない。


F田氏が来ない。


インド、
デリー、
インディラー・ガンディー国際空港、その空港ビルの前。
時計の針は深夜0時を回っている。


現地の天気予報は雷雨だったが
雲は無く、月も出ている。
気温は30度ぐらいだろうか。
少し湿気を感じる。
昼間は雨が降ったのかもしれない。
インド独特の匂いがする。
かれこれ3時間、
空港の周りをうろうろとしながら
時間を潰している。


F田氏とは福岡出張のときに知り合った。
意気投合し、インドに行く計画を立て、
今回、1年越しで計画を実行に移したのだが
俺は成田から飛び、
彼は福岡から飛んでいる、はず。
つまりは現地集合だ。


俺がインドに到着したのは20時過ぎ。
F田氏の到着予定時刻は23時20分。
もうすぐ1時間が経過する。
飛行機が遅れているというのも考えづらい。
空港の電光掲示板は、彼の搭乗予定の便が到着済みだと表示しているし
先ほど両替を忘れたフリをして無理くり到着ロビーに戻ったときに
その便に乗って福岡から来たという日本人にも会った。


なにかのトラブルで違う便に乗ったのだろうか。
いや、もしかしたら寝坊で日本を発ってすらいない可能性も・・・。


今まで空港前に溜まっていた日本人旅行者も
ほとんどいなくなっていた。
各々、予約していたホテルの送迎が来たのだ。


0時半。
F田氏の到着予定時刻から1時間が過ぎた。


もう一度到着ロビーに行こうと思ったが
ライフルを持ったガードマンが頑として空港ビルに入れてくれない。
今度は「両替を忘れた」と言っても軽くあしらわれただけだった。
さっき入れてくれたおっちゃんが特別だったのかもしれない。
こんなとこだけセキュリティがしっかりしてやがる。


もう今夜中に日本からインドに到着する便は無い。
日本語が書かれたプラカードを持ったホテルの送迎担当も
周りからいなくなった。
あれほどしつこかったタクシーの客引きも
もう俺に飽きたらしい。
目さえ合わさなくなった。



今回、インド旅行で初めて一泊目の宿を予約してある。
経験の無い現地集合。
我々どちらかの飛行機が遅れ
集合時間に落ち合えなかった場合
その宿で合流しようと決めていたのだ。
集合時間は23時30分。
最悪0時30分まで待って落ち合えなかったら
各々ホテルに向かおうと決めていた。


ポジティブに考えてみよう。
もしかしたらどこかで
例えば俺がトイレに行っている間とかにすれ違ったのかもしれない。
飛行機は実は少し遅れていて
俺を見つけられなかった彼は
焦ってもう既に宿に向かったのかもしれない。


深夜1時を回った。
もう、宿に向かおう。


プリペイドタクシーのカウンターへと歩く。
係の男に行き先としてメインバザールを告げるが
運転手に直接言ってくれという。
お金もあとでタクシーの運転手に払うようだ。
全然プリペイドじゃねぇじゃん。


タクシーに乗り込む。


・・・もしかしてほんとにまだ福岡にいるんじゃないだろうか。
え、なにこれ・・・。
やばい・・・。
明日からどうしよう。
ひとりでヴァラナシにでも行くか?
・・・まさかのインドひとり旅?



「メインバザール!」
不安に苛まれながらも
F田氏は既に宿にいるのでは?というわずかな希望を抱き
運転手に行き先を告げる。


「オーケー、ノープロブレム!」
運転手は首を横に少し傾けたあと
前を向き、アクセルを踏んだ。






― つづく ―