第7章 ― ウドン・ターニー ―


ドアの脇の鉄の手すりに手をかけ
列車に乗り込む。


ディーゼル急行。
2等車両はエアコン付きと聞いていたが
車内はそんなに涼しいわけでもない。
わずかな冷風を掻き回すため
天井の扇風機が勢い良く回っている。


自分の席番号の席には
既にタイ人のおっちゃんが座っていた。
インドに良く行っているせいもあるだろうが
今まで予約席に別人が座っていなかった試しがない。


チケットを見せると
おっちゃんは笑顔で快く席を譲ってくれた。
・・・まぁ、俺の席だが。


それにしてもタイの列車は騒がしい。
スピードを上げるとき、そして落とすとき、
超巨大な冷蔵庫のように低い音でブォォォォォンとうなり、
それに伴って車体が、座席までも小刻みに揺れる。
何を動力にしているのだろうか・・・。
ディーゼル列車とはこういうものなのか?
ともあれ帰りの寝台で寝られるのかが
いささか不安でもあった。


18時半。
定刻より20分だけ遅れて
列車はウドーン・ターニー駅に到着した。


駅舎を出ると
ちょうどオレンジ色の大きな夕陽が沈みかけているところであった。
正面にはロータリーが広がり
その周りをバザールが囲っている。
ショッピングモールのようなものも見える。
比較的大きな町なのかもしれない。


駅から10分ほどの距離にある
シルバー・リーフという宿に目星をつけ
チェックイン。
バルコニーフェチの俺としては
バルコニーが無い点は残念だったが
部屋は清潔でバスルームも綺麗。
エアコン、テレビ、冷蔵庫、ホットシャワー、Wifi完備。
これで600バーツ(約1500円)なら充分だろう。



部屋に荷物を置き
洗濯をしたあと夕飯がてら散歩に出ることにした。


あてもなくぶらぶらと通りを歩く。
アメリカ軍基地の町としての面影か
駅から少し歩いた一帯には
福生で見たようなタイプのバーやカフェが数多く並ぶ。
その向こうにはマッサージ店が並び
スーパーがあり
小学校があり
屋台が並ぶ通りがある。
そこから食堂街に差し掛かる。
食堂の前には炭と網が並べられ
網の上では鶏が焼かれ
もうもうと白い煙が上がり
芳ばしいにおいが漂ってくる。


まっすぐ進んでいった果てで
大きな公園にぶつかった。
赤や緑のレーザー光線が夜の空に向かって伸びている。
太鼓の音が聞こえる。
ナイトバザールらしい。
公園入り口にはテントが並んでいる。
仏具や木彫りの置物を売っているようだ。
花屋もある。


ここで折り返すことにする。


先ほど通り過ぎた食堂街で
晩飯にしよう。


鶏の丸焼き、カイ・ヤーンという
この地方イーサーンの名物料理も魅力的だったが
多くのタイ人で溢れ
その皆が皆、やたら美味そうな飯を食っている店の前で
足が止まった。
歩道にまでテーブルが溢れているので
嫌でも客が食っている飯が目に入ってくるのだ。


すぐに坊主のぽっちゃりとした店員が寄ってきた。
若い。
高校生ぐらいだ。
バイトか、家の手伝いといったところだろうか。


なにかしゃべっているが
さっぱり聞き取れない。
もちろん英語ではない。


とりあえず他の客が食っているものを指差し
これが食いたいというようなジェスチャーをしてみる。
が、通じない。
またもワーワーと困ったような顔でしゃべられる。
「これはそこの客が食っているもんだ。
 その横取りはいかん!」
と諭されているのかもしれん。


奥から別の青年も出てくる。
坊主のぽっちゃり店員より幾分年上のようだ。
メガネをかけているし
軽めの7:3ヘアーだから
頭が良く、語学堪能に違いない。


しかし、メガネの青年がしゃべっている言語も
まるで理解できない。
おまけに必死にメニューを見せてくる。


・・・全部タイ語?で書かれている。
しゃべれない、聞き取れないのに
文字が読めるはずもない。
首をかしげ苦笑いをする。


それでもメガネ店員はあきらめない。


「ムッ××××パ×××?!」


さっぱりわからないが、まぁそれでいい。
親指を立てる。
「オーケー!プリーズ!」


まじめなメガネ店員は
眉根を寄せながら念を押してくる。


「ム××カ×パ××ホ×××?!!」


いやもうそれで良い。
こちらも念入りに大きくうなずく。



メガネ店員が店の奥に消えて行き
歩道に溢れた席に着いて5分もすると
テーブルに料理が運ばれてきた。


豚肉、パクチー、それと、バジルだろうか。
あとはにんにくが粒のまま大量に入っている。
赤唐辛子、青唐辛子が入っているのは言うまでも無い。
火を通したナンプラーの香ばしい匂い。


辛い。
が、美味い。
家庭でも出来そうなただの炒め物だが
タイの蒸し暑い気候に良くあっている。
ご飯が止まらない味だ。



スタミナ満点のタイ飯を食って
宿に向かって歩く。


飯を食っているだけで汗をかくような
カプサイシン満載の飯だった。
おかげで風が涼しい。


昼間は5分と日なたに居れないような
うだるような暑さだったが
夜になってだいぶ涼しくなった。
今日もぐっすりと眠れそうだ。


駅の近くのバーで1杯飲んで帰ろうか。


道路の真ん中にロータリー交差点が見える。
その芝生の真ん中に5メートルほどの高さのモニュメントがある。
誰だろうか。いずれ有名な人であろう人物の顔写真がはめ込まれている。
顔写真の下には電光掲示の時計。
21:30。
まだまだ寝るには早い時間だ。


時計の表示が、今度は気温に切り替わる。


気温・・・。


・・・36度?!!


気温表示が36度だ。


夜になってだいぶ涼しくなったと思っていたのに
まだ、36度。
日差しが無く、湿気も無いし、
昼間とは相対的に涼しく思えるが・・・36度?!


・・・いったい昼間は何度あったんだ?




これはビールを飲まなくてはならん温度だな。








― つづく ―