第43章 ロープと酢豚とチケットと ― in Calcutta 5 ―


物干し竿のような錆びた鉄の棒に
ロープがぶら下げられている。


喫煙所として立ち寄った売店の横。
最近はインドでも喫煙者は肩身が狭く
特にカルカッタのような都市部では歩きタバコなど厳禁だ。
とりあえずタバコを売っている店や人の周りでは吸ってもいいことを
我々はチェンナイで学んでいた。


良く見ると、導火線のようにロープの先がわずかに燃えている。
ロープがきつく編みこまれているせいか
それとも編みこまれた素材のせいか
じりじりゆっくりと焦がすように燃えている。
陽炎のように薄く柔らかな煙がたなびいている。


あのロープはなんだ?
4度目のインドで初めて見る代物だ。
まじないの類か?


タバコを吹かしながら眺めていると
半そでの白いワイシャツを着た
サラリーマンらしきインド人が立ち止まった。
サラリーマンは慣れた動作でロープをつまみ上げ
口に咥えたタバコに近づける。
咥えタバコの先端と
黒く焦げたロープの先端に一瞬赤い火が灯る。
サラリーマンは文字通り一呼吸置いて
紫煙を吐き出した。


なるほど。
ライターの代わりか。
ライターが割と高級なインドでは
タバコを売る売店などに貸しライターを置いていることがあるが
この売店はそれよりもさらにエコロジー
ロープ式点火というわけだ。


「乗れるかね、しかし。」


U君が煙を吐きながらつぶやくように言う。
そう、ロープよりもそれが問題だ。
我々3人は先ほどカルカッタのハウラー駅に行って来た。
もう使い慣れた予約確認マシーンで
カルカッタ・ハウラー⇒ヴァラナシ間の列車チケットの予約状況を確認する。
黒い画面に白い文字で表示されたのは
『WL1、2』という現実。
エイティングリストの1と2。
つまりは我々の持っている3人分のチケットのうち
1枚は予約確定、拠ってヴァラナシまで行ける。
だがもう1枚はひとりのキャンセル待ち、
残る1枚はふたりのキャンセル待ちということだ。


ハイデラバードでこのチケットを取って1週間。
1週間前WL10、11、12だったこのチケットは
思いのほかキャンセルが出ていない。
この事実は極めてまずい。
極めて重大な事実だ。
もし予約から1週間も待って乗れないようなことがあれば
すなわち残り1週間を切っている我々の旅に於いて
カルカッタから西に進む手立てが無くなる、
つまりは帰国出来ないことを意味する。


そんな不安を抱きながらハウラー駅を後にしたところで
小奇麗なシャツを着たメガネのおっさんに声を掛けられた。
「どうした?ジャパニ?!」


いや、どうしたって・・・。


「チケットか?そうか。チケットを見せてみろ!」


チケットのことは一言も言っていないのに
おっさんは我々のチケットを要求してくる。
胡散臭いことこの上無いが
とりあえずチケットを見せてみる。


メガネを少しずらし
チケットを見るおっさん。


「ウエイティングの1と2か。
 ノープロブレムだ。
 4時にまたリストが繰り上がる。
 夜にまたここに来い!」


って言うか、お前誰?!
しかし結局我々は
鉄道職員かどうかすらも分からないそのおっさんの言葉を信じることにした。
シヴァもヴィシュヌも信じられない我々は
他に信じるものが無いのだ。



「うーーーん、結局わかんないよね。」


「夜を待つしかないか。最悪バスとかあんのかな・・・。」


こんな売店の前でタバコを吹かしていても
どうにかなるわけではない。
我々は昼飯を食いに行く。


昼飯はゴールデン・ドラゴンという中華料理屋でワンタンを。
カルカッタ華人も多いらしく
中華料理屋が多い。
それもインドナイズドされた中華料理屋が。
その意味で昨日の中華も凄まじかった。
香港飯店。
チャーハンとチンジャオロースーと酢豚を注文。
まずくはなかった。
むしろたまに食うスパイスっぽくない食事は新鮮だし
テーブルの脇に置いてある豆板醤は
インド料理とはまた違った旨辛さがあった。
ただ、チンジャオロースーに
ピーマンの細切り以外のものが入っていた。
キャベツ、トマト、ブロッコリー、カリフラワー。
・・・まぁ野菜がたっぷり採れるから良いか。
続いて酢豚がきた。
具材はチンジャオロースーとまったく一緒。
注意深く味わうと、ほんの気持ち酢が効いている気がする。
いやでもチンジャオロースーも酸っぱかったような気もする。
この2品を並べられて
どっちがどっちかを見分けるのは極めて難しい。
・・・まぁ野菜がたっぷり採れるから良いか。



そして陽が落ちた。


ヴァラナシ⇒ニューデリー間のチケットは確定している。
あとはこのハウラー⇒ヴァラナシの
ウェイティングリストが繰り上がるかどうか。
一抹の不安とともに
我々は傷だらけのタクシーに乗った。










つづく