第29章 イースト・コースト・エクスプレス


列車はオリッサへと向かっている。


朝10時にハイデラバードを出発した列車は
明日朝7時25分に
オリッサ州の州都ブバネーシュワルに到着予定だ。


7時25分だって・・・?
平気で1時間も2時間も列車が遅れるインドで
5分単位の調整がきくのか甚だ疑問ではあったが
ともかく21時間弱の列車の旅が始まった。


今朝、ウェイティングリストは見事に繰り上がっていた。
出発の1時間前に駅に到着した我々は
早速予約マシーンで状況を確認。
予約は確定していた。
ブバネーシュワル行きの列車に乗れる。
同時に代替案として用意していたヴィジャヤワーダ行きのチケットは不要になった。
ヴィジャヤワーダ
武装山賊はびこる東海岸にある
ガイドブックに載っていない町。
持っている情報といえば運河があるというくらい。
運河・・・インドのベニス・・・は言いすぎか。
ブバネ行きに乗れなかったら
ヴィジャヤワーダに立ち寄るのも悪くないなと密かに考えていたので
少し寂しい気もしたが
残り日程を考えたらブバネへの直行が正解だろう。
ブバネ行きのチケットを正式に確定させたあとは
ハイデラ⇒ヴィジャヤ
ヴィジャヤ⇒ブバネ間の
予約チケットを払い戻し。
駅のホームの売店
アムールミルクという名の砂糖入り牛乳とバナナで朝食をとり
タバコを2本吸ってから列車に乗り込んだ。


窓の外の景色は
少し黄色がかっている。
窓に日差し避けガラスが入っているためだ。
風になびく背の高い稲なんかを眺めていると
今は秋なんじゃないかという錯覚に陥る。
列車での移動、特に昼間の移動は
窓が開き風も感じられるスリーパークラスか2等が好みだが
今回は、長旅であることと体調を考慮して
エアコン付き3段ベッド寝台車の3Aクラス。
窓は開かない。


同席はやたらゲップを繰り返す陽気なおじいちゃんとその奥さん。
本当に陽気で我々にも気さくに話しかけてきてくれるが
「どこから来たんだ。うっぷ・・・」
「ジャパンか!うっぷ・・・それはいい!うっぷ・・・。」
「インドはどうだ?!うっぷ・・・。」
・・・大丈夫だろうか?
もう一組はインド人家族。
両親と子供2人。
7歳と3歳ぐらいだろうか。
3歳ぐらいの弟は
お父さんの力を借りて
寝台の一番上の段に上っては下り
上っては下り
キャッキャとまるでアトラクションのように列車を楽しんでいる。
子供達にとって列車は最高のアミューズメントスポットなのだ。
前回のインドでも
窓から楽しそうにペットボトルを捨てている女の子がいた。


3歳児が歓声をあげて寝台を上り下りしていると
そこに2歳くらいの別の子がやって来る。
先輩の3歳児はアトラクションの遊び方を2歳児に教え
2人でワーワー寝台を上り下り。
ひととおり上り下りして少し疲れたあとは
一番上の寝台でひとやすみ。
先輩はポケットから勿体つけてミニカーを取り出し
瞳を煌かしている2歳児に
ひとことふたこと注意点を教えた上で貸してあげる。
その下では互いの親同士の情報交換も始まった。


ほのぼのとしている。
黄色がかった遮光ガラスと適度な冷房のおかげで
インドの太陽は凶暴さを無くし
車内はまるで春先の公園のようだ。
ピクニックさながらに
男の子の母親も
我々にお菓子を分けてくれる。
難しい発音だったがドゥッペイ?というお菓子らしい。
手作りだ。
牛乳を甘く煮詰めてビスケットにしたようなドゥッペイは
これまたほのぼのと美味かった。


「チャ゛ーーーーイチャイ・・・マサラチャァーーーイ・・・。」


車内の通路をチャイ屋が通りかかったので
声をかけ5ルピーでチャイを買う。


つくづくインドの列車の旅は素敵だ。
車窓からの景色を眺め
チャイをすすり
他の乗客と片言で会話を交わし
本を読む。
町で出会えない、もちろん観光地でも出会えないインドがそこにあり
悲しくない別れもそこにある。
列車に乗る瞬間に
旅立ちを味わえ
到着した先はまた別のインドだ。



『深い河』を読み終わった。



帰国まであと2週間弱。
ホーリーまであと4日。










つづく