第6章 ザギンでシースーもいいけど明日はミーナークシーだから午前様前でケツカッチン ― in MADURAI 2 ―


大雑把なルートしか決めていない今回の旅で
ぜひとも訪れたい町があった。
ヒンドゥー教の聖地のひとつ
インド大陸最南端に位置する
カニャークマリだ。


カニャークマリは
アラビア海、インド洋、ベンガル湾という
3つの海が合する場所にあり
朝、ベンガル湾から昇った太陽が
昼、インド洋を碧く輝かせ
夕方、アラビア海を赤く染めながら沈む。
インドで唯一
海から太陽が昇り海へと沈む町だ。
ゴアでの夕陽が忘れられなかった俺は
その聖なる地を照らす太陽を見てみたかった。


水シャワーすら無いマドゥライの安宿で
蛇口からの水をかぶり
ベランダから通りの朝の風景を眺めた後
我々はまた、駅へと向かう。


宿の確保と並び
列車のチケット確保も
日課になりつつある。


手に入れたチケットは
ナガルコイル行きの
スリーパークラス、いわゆる二等寝台だ。
カニャークマリ行きの直行便はFULLで取れなかったため
近くの町のナガルコイルまで列車で行き
そこからバスでカニャークマリを目指すことにした。



マドゥライを発つまであと半日。
出発までにこの町に立ち寄った最大の目的である
ミーナークシー寺院を見に行くことにする。


ミーナークシー寺院は
魚の眼を持つ女神ミーナークシーを祀ってある寺院だ。
ミーナークシーは元はドラヴィダ民族の土着の女神だったらしいが
ヒンドゥー教勢力拡大の際
お得意の
「へぇー、君んとこ土着の女神いるんだぁ。
 ふーん、名前は?
 ・・・ん?ミーナークシー?
 ふーーーん。そうかぁ。
 ミーナークシーかぁ・・・。
 ・・・あっ!思い出した!
 ミーナークシーってシヴァ神の2番目の奥さんのパールヴァティの化身だよ!
 ということは君らもヒンドゥー教だね!
 今後ともよろしく!」
ってな具合にヒンドゥー教に吸収されたようだ。


寺院内には10基以上のゴープラムと呼ばれる塔が立ち並び
その高層の塔の壁面は
赤や黄色といった極彩色で塗られたヒンドゥーの神々や神話のシーンなどでびっしりと装飾されており
圧巻の鮮やかさらしい。
ガイドブックの写真を見ても
ヒンドゥー教ならではのカラフルさで
この巨大なゴープラムが夕陽を背に目の前にそびえる姿を想像すると期待も膨らむ。


陽も徐々に傾きかけてきた頃
我々は宿を出発しミーナークシー寺院に向かう。
門前町のような薄暗いながらも活気溢れる通りを10分ほど歩くと
通りに沿って立ち並ぶ低いビルの隙間から
ようやくミーナークシー寺院のゴープラムが姿を現した。


西陽を浴びて
圧巻の鮮やかさ・・・ではない。
なにやら枯葉色をしている。


「あれ?なんか本に載ってる写真と違わない?」


「全然カラフルじゃねぇなぁ・・・。」


「いや、外からは見えないだけで
 敷地の中に入ればってことも・・・。」


不安になりながらも
靴を靴預かり屋に預け
南門の列に並ぶ。
ヒンドゥー教の寺院は靴を履いて入れないことも多く
大概、寺院の周りには靴を預けるところがある。
ただ、預けた靴が片方だけ無くなり
帰り道の途中のバザールで片方だけで売られている
といったトラブル例もよく聞くが。


いよいよ門を抜けるといったところで
英語で書かれた看板に気づく。


「・・・ミーナークシー寺院は、ただいま改装中?!」


「やっぱり・・・そうだよね。」


「写真と全然違うもんね・・・。」


旅運が・・・無いのか?
ミーナークシー寺院は全面改装中であった。
高いものになると60メートルにも達する東西南北に設置された塔門(ゴープラム)は
全面くすんだ茶色の板や葉っぱに覆われ
鮮やかさの欠片も無い。
中は中でどこも同じものを売っているみやげ物屋
折れた石柱と回廊に転がる神様の石造
曇ったガラスケースの中に眠る古ぼけた銅細工。
敷地内を歩けば
太陽に熱された石畳で足の裏を火傷しそうになるし
礼拝者が身を清めるための池といわれる
黄金のハスのタンクはしっかりと干上がってしまっている。


ただ、そんな観光名所としては
まったく機能を失ってしまっている寺院に
大勢の人々が集まって来ている。
日本人はおろか
外国人さえ見当たらない。
皆、ヒンドゥー教徒なのだろうか。
寺院内のところどころで見かける
ヒンドゥーオンリー!と書かれた通路、場所。
神の像の前で
サリーの裾を汚し
埃っぽい地面にひれ伏すインド人女性。
観光目当ての家族連れの笑い声の合間に
低い祈りの声が聞こえる。


重要なのは
見た目の整然さや神々しさではなく
場所であり
歴史であり
なによりその人の中に
神がいるかどうかなのかもしれない。




夜になり
ナガルコイル行きの列車に乗り込んだ。
ミーナークシー寺院が改修中であったことへのがっかり感を凌ぐ
神々が住まうインドに
また戻ってきたことへの高揚感。
だが、列車がゆっくりと刻むリズムは
昂ぶりを徐々に鎮め
深い眠りへと誘っていった。






つづく