第2章 TRANSIT  


「エア・インディアはクレイジーだ。」


インド人っぽい男が
成田空港のチェックインカウンターで
エア・インディアの職員に漏らしていた愚痴だ。
どうやら彼はエア・インディアの到着8時間遅れを味わったらしい。


確かに我々が乗ったエア・インディアもクレイジーだった。


まさかの離陸時急ブレーキから始まった
エア・インディア・フライト。
急ブレーキをかける飛行機なんざ
今まで乗ったことが無い。


座席の遥か前方にある大型テレビに映る映画は
ヒンドゥー語音声の英語字幕。


この上なく暇な中
耐えに耐えて
9時間。
ついにインドに到着!!
・・・している予定の時間だが
飛行機はまったくもって着陸する気配が無い。


「・・・もう到着しているはずの時間だよな?」


「・・・うん、過ぎてるね。」


「・・・乗り換えの飛行機まで何時間あるっけ?」


「3時間・・・だな。」


今回はまずエア・インディアで日本からデリーに向かい
そこから国内線のインディアン・エアラインズに乗り換え
南インドのチェンナイに向かう予定だ。


エア・インディアの到着予定時刻から
インディアン・エアラインズの出発時刻まで3時間。


本来なら余裕を持って乗り換え出来るはずだった。
が、一向に飛行機はデリーに到着しない。


間に合わなかったらどうなる?
どうする?
陸路でムンバイを目指すか?
陸路?!
日程は?
南インドの予定を西インドに変えるか?


焦りと不安が募る。
旅の予定が出国後わずか9時間で崩れかかっていた。



半ばチェンナイ行きをあきらめかけていた頃
エア・インディアは2時間遅れて
デリー国際空港に到着。


ここからインディアン・エアラインズが発着する国内線ターミナルまで
タクシーでおよそ10分。


3度目のインドでなかったら
この時点でもうアウトだっただろう。


だがここで経験が生きてくる。


手早く入国手続きを済ませ
ドルをルピーに両替。
プリペイドタクシーのカウンターに直行し
迅速にタクシーの手続き。
直後タクシー乗り場に向かい即乗車。


「ドメスティック エアポート!!ハリーアップ、プリーズ!!」


10分後、国内線空港に到着。
わずかに希望は繋ぎとめた。
だが状況は決して良くは無い。


「ヤバくね?あと何分ぐらいある?」


「あと・・・30分ぐらいだな・・・。」


乗換えまであと30分。
右も左もわからぬ
深夜の国内線空港。


・・・果たして間に合うのか?!


我々が目指すは1Aターミナル。


しかし場所がわからない。


その辺にいる空港職員に場所を尋ねる。


「1Aターミナルはどっち?」


向かって左手を指差す職員。


「あっちだ。」


「ここからどれくらいかかる?!」


「アバウト10 オア 30ミニッツ。」


アバウト過ぎだろそれ!!


30分もかかるとしたら間に合わない。


ところどころでインド人に1Aターミナルの場所を尋ねながら
敷地内を駆け回る。



「残りは?!」


「・・・15分!!」


深夜。


空港敷地内とは思えないほど光は無く
リュックの揺れる音と土を踏む音だけが響く。
時間が無い。
ここほんとに空港か?!
普通に山の中じゃねぇか?!
なんでこんな電波少年的なことになってんだ?!



不安を膨張させるには充分過ぎるほどの漆黒の闇。
本当にこっちの方向であってんのか?
焦る。
走る。
尋ねる。
走る・・・。


残り10分!!


「あっ!!」


やっとのことで前方に光が見えてきた。
まさに希望の光だ。


「あった!!あれじゃね?!」


「1Aターミナルだ!!」


そのまま建物内に駆け込む。
チェックインカウンターはがらがらであった。


「ハリーアップ!!」


インディアン・エアラインズの職員にまでせかされる。


職員の手馴れた対応も手伝い
なんとか搭乗手続き完了。
ぎりぎり間に合った。


離陸5分前に駆け込み搭乗。


搭乗した瞬間目を疑った。
・・・なんだこれ。
ほぼバス。
凄まじいしょぼさだ。
飛ぶのかこれ。


まあ兎にも角にもこれでチェンナイに行ける。
やっと
やっと旅が始まった気がした。


その数分後
落ち着いた離陸をこなしたインディアン・エアラインズ。


窓の外には夜のデリーの街並みが広がる。
深夜にも関わらず
街は光の粒で溢れていた。
さしずめ100万ルピーの夜景といったところか。


やはりデリーは都会なんだと実感しつつ
空に浮かぶ星屑と
眼下に広がる星屑の隙間を縫って
飛行機はチェンナイに向かっていく。









つづく