第17章 TICKET TO RIDE


ガヤーの駅の切符売り場は
都市部や観光地ほど混雑してはいなかった。
順番を待っているのはせいぜい20人といったところか。


手には先ほどM上と作成した
希望する列車の番号、クラス、行き先などを書いた紙を握り締め
列の最後尾に並ぶ。


この列車のチケットを買うという作業は
インド旅行中最も煩わしい作業のひとつではあるが
今回はインド人に割り込まれることもなく
10分ほどでスムーズに我々の順番が回ってきた。


窓口に座る厳格そうな職員にその紙を渡す。


職員が最初に発した言葉は
「ノー。」


「ホワイ?!」


どうやらヴァラナシ行きの列車はもう予約で一杯だそうだ。
ガヤーでもう1泊は痛い。


「どうしても今日ヴァーラーナスィーに行きたいんだ!」


すると職員はあっさり
「行けないこともない。」
と言い放った。


ヴァラナシ行きの列車は一杯だが
ヴァラナシ駅の東17キロ
ムガル・サラーイ駅に停まる列車ならまだ席の空きがあるらしい。
ヴァラナシ市街まではリクシャーで行ける。


問題ないな・・・。
「オーケー!そのチケットをくれ。」


そして再度予約したいクラスやパスポートナンバーなどをあらかじめ書いておいた例の紙を渡し
「このクラスで・・・
 俺の名前がコレで・・・」
と説明。


「オーケーオーケー。ノープロブレム。」
大げさにうなずく駅職員。


ヴァラナシ直行という当初の予定とは異なったが
無事ムガル・サラーイ行きのチケットをゲット。
列車の出発時間も近かったのでそのままプラットホームに向かう。


「いや〜、やっぱり紙にあらかじめ書いといて良かったな!」


「そうだな。チケット取るのがすげぇスムーズだ。」


「これからもこの方法で行こうぜ!」


「もう俺らインド慣れ慣れだからね!」


確かにここまでは本当にスムーズであった。
・・・いや、スムーズであったかに見えた。


しかし


「・・・さて、俺らの列車は・・・。」


と、列車番号と車両番号を確認しようとチケットを見返した瞬間


「あれ・・・?」


「どした?」


「これ。この列車のクラスのとこ・・・」


「あ?」


「セカンド・・・。」


「・・・セカンド?・・・2等自由席?!!」


「あのオヤジ・・・!?大げさにうなずきやがって!?全然紙の内容見てねぇじゃねぇか?!」


やられた。
快適なエアコン付き1stクラスを予約したつもりが
一番格下の2等自由席。
思い返せばチケット代も安すぎる。
チケット売り場のあの職員は
紙に書いてある内容なんて一切気にせず
実に
実にアバウトに
2等自由席のチケットを発券していた。


「どうするよ?」


「まぁ・・・列車で死にはしないだろ。」


「そうだよな。まぁ死にはしないよな。いつもこないだの時みたいに混んでるわけでもねぇと思うし。」


こないだの時とは
4年前
アグラーからヴァラナシに向かう際
名前も知らぬ町で列車を乗り継ぐため
ローカル線に乗った時のことだ。


その後待つこと1時間。
およそ30分遅れて
西へ向かう列車がやってきた。


これからヴァラナシに
そう、聖なる河ガンガーに向かうのだ。
否が応でも胸が高鳴る。


しかしその高揚感も
1等車両が目の前を通り過ぎ
2等寝台車両が通り過ぎ
2等自由席車両が視界に入ってくるにつれ
焦り、後悔、そして恐怖へと変わっていった。


「こないだの時」の比ではない。


まさに混沌。


車両内は通路までびっちりと人が敷き詰められ
奥側の席はまったく見えず
手前に見える向かい合った6人掛けの木の座席には
10人を超す人々が
座っているというよりは腰を何とか乗せているだけ。
もちろんその座席と座席の間にも人は溢れ
さらにそこからも溢れてしまった人々は
ここが特等席とばかりに窓の淵に腰掛けている。


乗降口からは列車の停車を待ち切れない人々が
次々とホームに飛び降りていっているが
それでも車内にスペースができる様子は一切無い。


当たり前だがこの駅からも我々だけでなく
たくさんのインド人がこの車両に乗り込むだろうし
極めつけは忌々しく降り注ぐ灼熱の太陽の光。
クーラーの無い2等自由席車内の温度は
ゆうに人間の体温を超すだろう。


これからこの車両で
4時間の列車の旅が始まるのだ。



ん〜・・・
死ねるな・・・。







つづく