第10章 IN GAYA  

夜も明けきらない頃
列車はガヤーに到着した。


車内アナウンスなど無く
遅れた割りに巻き返したり
あるいはさらに遅れたり
到着時間もはっきりしないのだから
インドの列車での途中下車では
ぐっすり眠れるはずもない。


寝ぼけ眼で
駅構内から出てみると
駅前はちょっとした広場になっていた。


辺りはまだ暗いが
空の端から少しずつ光が滲み出している。
見回すと
野宿をしている人々
野良犬、野良牛たちが少しずつ目を覚まし始めているところだった。


こんな時間でもヤツらはばっちり目を覚ましている。
そうリクシャーワーラーだ。


他の町と少し違ったのは
オートリクシャーのリクシャーワーラーに比べ
やけにサイクルリクシャーのリクシャーワーラーが多かったことだ。


我々は駅から少し離れたところにいた
はぐれリクシャワーラーに声をかける。


「グッモーニン!ブッダガヤーに行きたいんだけど。」


「5ルピーだ。乗れ。」


安い。


「2人で?」


「そうだ。乗れ。」


ほんとに5ルピーで隣村まで行くのかと
少々不安を感じながらも
座席に座る。



ひとこぎ、ふたこぎ・・・と
徐々にペダルの回転数を上げていくリクシャーワーラー。
それにつれサイクルリクシャーの速度もぐんぐん上がり
最高速に達し・・・たかと思うと
徐々にスピードダウン。
そして完全に停車。


「ついたぞ!ジャパニ!!」


えっ?!早すぎねぇ?!


「ここがもうブッダガヤー?!」


「違う。ブッダガヤーに行くやつはここで乗り合いジープかバスに乗るんだ。」


確かにサイクルリクシャーが到着したその広場には
大きなジープが停車している。
これが乗り合いジープか。


なるほど。
確かにこの距離なら5ルピーだな・・・。


妙に我々は納得し
サイクルを降り
乗り合いジープの近くにいた男に金を払い
後ろの荷台、つまりは座席に乗り込んだ。


我々が乗り合いジープの中で
出発を待っていると
車の外から坊主頭のインド人が話しかけてきた。


「ヘイッジャパニ!ブッダガヤーへ行くのか?」


30歳ぐらいだろうか。
背は高くはないが
インド人にしては体格が良く濃い肌の色をしている。


「ああ、そうだけど。」


「俺のバイクに乗っていかないか?」


・・・何を言ってるんだ?この男は。
もう金払って乗り合いジープに乗ってるし。


「いや、見てわかるとおり
 もう乗り合いジープに乗ってんじゃん。」


「バイクのほうが風が気持ち良いぞ!」


男は自分のバイクをポンポンと叩いた。


250CCぐらいだろうか。
当然、後ろには一人しか乗れそうにない。


「いやいいわ。俺らこの車で行くから。」


「いや、バイクの方が気持ち良いぞ?!」


「あーー、わかったわかった。じゃあまた今度な。」


「オーケイ!!じゃあまたあとでだ!!」


男はそう言うと
バイクにまたがり颯爽と去っていった。


「あぁ、またいつかどっかでな〜!!」


典型的な社交辞令で
バイクの男をあしらうと
乗り合いジープはガタガタと音を立て
ゆっくりと走り始めた。



・・・・・



キツイ・・・。


向かい合った簡易的な長椅子に
これでもかと言うほど人が敷き詰められ
車内の温度は否が応でも高くなり
また、
四方をパイプと布で覆われてるため
見事に中に閉じ込められたたくさんの蚊が
ところ狭しと飛び回っている。


しかも雨季明けのせいだろうか。
舗装などされていない土の道路は
水溜りなどの穴だらけで
腰が浮くほど揺れる。
天井に頭をぶつけることなどざらだ。


軍人を戦場へと運ぶ軍用トラック・・・
罪人を連行する護送車・・・
いや、荷馬車だ!子牛だ!


それはまさにドナドナの歌を唄うのに
ぴったりのシチュエーションであった。



30分・・・いやもっと走っただろうか。
南インドの深夜バスのときと同じく
疲弊し、うんざりしきったころ
車は目的地ブッダガヤーに到着した。


窮屈な車を飛び降り
軽く伸びをして
さぁ今日の宿を・・・
といったところで大声で声をかけられる。


「ヘイ!!ジャパニ!!なにしてんだ?!こっちだこっち!!カモンッ!!」


うわ・・・ほんとにいる・・・。


ガヤーで会ったバイクの男だ。


男はしきりに自分のバイクの後部席を叩いている。


「ヘイッ!!早く乗れ!!2人いっぺんは無理だ!!
 ひとりずつだ!!さぁどっちが乗るんだ?!さぁ!!!」



男の名は
ラナ。




つづく