chapter10 両替屋で遊ぼう ―前編―


日本で暮らしていると縁が無いが
海外に個人旅行に行くと
急に日々の生活に結びついてきてしまうもの・・・


外貨の両替である。


そしてアジアのフリーの両替屋において
両替時のトラブルはあって当たり前のことだ。


O野峰、U君と出かけた
ジャワ島横断⇒バリ島へ旅行のときは
さしてトラブルも無かったが
M上、I島、K下部と出かけた
バリ島贅沢卒業旅行のときには
仁義無き両替闘争が繰り広げられたものだった。


バリ島贅沢卒業旅行のプランは
なんとホテル付き。
4人が宿泊したホテルは
バリ島のヌサドゥア地区にある。


ヌサドゥア地区は
観光旅行者向けに隔離された地区で
なにやら通行証のようなものがないと
現地人ですら入ることが出来ないらしい。
そのため治安は格段に良く
俺が通った両替屋も
安心、安全、高レートの
素晴らしい店だった。


その両替屋はホテルのすぐ傍にある。
ちょうど両替屋を探していた我々は
店の前の看板に掲示してあるレート表に目を留めた。


うむ、なかなか良いレートだ。
銀行で両替するより全然良い。


我々がレート表を眺めていると
店の横の白いイスに座っていた少年が
声をかけてきた。


「ハロー!!どこから来たんだ?」
10歳くらいの少年だ。


「ジャパン!」


「オー!ジャパン!!マネーチェンジ?!」
観光客慣れした満面の笑みだ。


「両替はしたいんだけどホントにこのレートか?」


「もちろんだ!カモンッ!!」
そして手招きしながら少年は店の奥へ消えていった。


両替が目的の我々も少年を追って
店の中へ入っていく。


店の中はわずか3畳ほど。
カウンターがあるだけだ。


カウンターの向こうには先ほどの少年がいる。


「ヘイ、ジャパン!!何ドル分だ?」


お前がやるんかい!?
商売をしている少年は珍しくないが
両替屋をしている小学生くらいの少年は初めてだった。

「とりあえず20ドル分だな。」


「20ドルならこのレートだ。」
電卓をたたき出す少年。


想定していたことだが
はじき出されたレートは
もちろん外に張り出してあるレート表より低い。


「おいおい、外に張り出してたレートと全然違うじゃねぇか。」


平然と返す少年。
「あぁ、あれは昼間のレートだ。今は夕方だから夜のレートだ。」


「ちょっと待て!さっきこのレートだって言っただろ?それなら両替しねぇよ。じゃあな。」
そして我々は振り返り店の外へ出るふりを。


するとお決まりのように少年も止めに入る。
「オーケー!ウェイト!ウェイトジャパニ!!
 そのレートでOKだ!!カモン!!」


こういう感じのやり取りは
もはや駆け引きでもなんでもなく
一種の通過儀礼みたいになっている。


「オーケー。じゃあこのレートだな?」
ふたたび電卓ではじき出されたレートは外のものと同じだった。


「オッケーだ。」


すると少年は木の箱からインドネシアのルピア札を取り出し
確認のため我々の目の前で数えだした。


「ワン、ツー、スリー、フォー・・・・」


「ファイブ、シックス、セブン・・・」


ん?
セブンあたりで少年の右手が素早く動き
10000ルピア札が1枚カウンターの向こうへと消えていった。


そのまま何事も無かったかのように数え続け
数え終わった札束を我々に渡す。
「20ドル分だ。オーケー??」


いや全然オーケーじゃねぇよ。
「お前1枚抜いただろ?」


我々が笑顔で数えなおすとやはり1枚足りない。
少年もまた笑顔で
あれーーー?おかしいなーーー。
という感じだ。


「もう1回だ。」


また数えだす少年。
そしてまたもやセブンあたりで少年の右手が素早く動く。


「おいおい、今また抜いただろ?」


今度は抜いた瞬間に指摘してみた。


すると少年は
おたくらやるねぇ〜。とにやけたあと
「ヘーーーイ!!○×△□・・・!!」
と、現地の言葉で店の奥の方に声をかけた。


すると店の奥のドアがガチャッと開き
今度は16歳くらいの青年が出てきた。


少年が青年に駆け寄り
なにやら現地の言葉で話している。


「アニキ〜〜。助けてくれよ〜。
 こいつら結構やるんだよ〜。
 バリ島ナンバー1と言われたアニキの腕前見せてくれよ〜。」


「しょうがねぇな〜。お前もまだまだだな。
 俺が両替の真髄ってもんを見せてやるから
 ちょっとそこで見てろ。
 ・・・久々ヌサドゥアに血の雨が降るぜ・・・!」


・・・と言った感じだろうか。


青年は少年を制し
カウンター越し、我々の目の前に位置どった。


少年は店の隅で
腕を組み
勝ち誇った顔をしている。


アニキ降臨。




――つづく――