第3章 ― 起き掛けの一杯 ―


暑い・・・。
まったくもって爽やかでない朝。
蒸し蒸しとうだるような暑さ。
汗だくで目を覚ます。
8時半。
エアコンからは埃っぽく生ぬるい風が出ている。
どうやら寝ぼけてエアコンを冷房ではなく
送風にセットしてしまったらしい。


エアコンの設定を冷房に切り替え
ベッドに寝転んだまま地図を眺める。
今日の予定を考える。


とりあえず、バンコクから出るか。
南は・・・無いな。
ビーチなんて行こうものなら
独り身のバンコクより寂しい事態に陥ってしまう。
バンコク自体が西だから
東か北・・・。
ラオスとの国境沿いを流れるメコン河・・・。
東で出会うか北で出会うか・・・どちらでも行けるような北の拠点・・・。
・・・ナコーン・ラーチャシーマー、通称コラート・・・。
バンコクからバスで4時間。
ちょうど博多から広島までぐらいの乗車時間だ。
・・・とりあえずここに行ってみるか。



さて、目的地も決まったところで
朝飯でも食いたくなってきた。
とりあえず部屋を出たら
宿の従業員のタイ人たちにタイ語で挨拶しよう。



・・・そう考えたときに
ふと何かが引っかかった。


挨拶・・・?
・・・「おはよう、こんにちは」は確か「サワディカッ」のはずだ。
ガイドブックを捲る。
挨拶は「サワッディークラッ」と書いてある。
・・・まぁ「サワディカッ」でもいけるだろう。
・・・大丈夫だ。間違ってはいない。
・・・だが、問題は「ありがとう」だ。
・・・「コープンクラッ」と書いてある。
・・・・・
昨日一日、俺は「ありがとう」の時も
「サワディカッ」と言っていた・・・。
道を教えてもらって「こんにちは!」
ビールのお代わりを貰って「こんにちは!」
お会計を済ませて「こんにちは!」
フットマッサージをしてもらって「こんにちは!」
・・・これはかなり恥ずかしい。



もやもやとした気分のまま部屋を出る。
フロントの前を通り過ぎる。


「サ、サワディカッ!」


「サワディクラッ。」


今回は大丈夫だったはずだ。



宿から一歩外に出ると、まだ9時過ぎだというのに
凄まじい暑さだった。
二日酔いの頭にガツンとくる。
日差しの鋭さは言うまでも無く
アスファルトの照り返しも恨めしい。


2分ほど歩いて
交差点に辿り着くと
このくそ暑いのに湯気を立てている屋台が見つかった。


路上に並べられたプラスチックのテーブルの上には
なにやら大きなどんぶりが乗っかっており
タイ人がそこから麺をすすっている。


なるほど。タイ式ラーメンか。
二日酔いの朝には悪くない。


屋台のおばちゃんに声をかける。


なにやら理解出来ない言語でわーわー言っているので
「OK!」
「イエス!」
「ノープロブレム!」
で、なんとなく会話を組み立ててみる。


席に着くと
程なくラーメンが運ばれてきた。


限りなく透明に近いスープに
ほのかに黄色の縮れ麺。
具はかまぼこやつみれ、もやし、ワンタンも入っている。
青ネギとパクチーの緑が鮮やかだ。


一口スープをすする。
鶏ダシのやさしい味。
が、若干物足りない。
確か、タイの麺類は自分で味付けをするはずだ。
テーブルの上には
グラスのような器に入った粗挽き唐辛子と
唐辛子入り酢、砂糖、ナンプラーが並んでいる。
ナンプラーで塩気、
粗挽き唐辛子で辛味、
唐辛子入り酢で酸味(辛味も足される気がするが)、
砂糖で甘味を足すという具合だ。


試しにナンプラー、唐辛子入り酢、粗挽き唐辛子を適当に入れてみる。
・・・うん、だいぶ刺激的な味になった。
二日酔いにはこれぐらい塩気が欲しい。


さらに唐辛子を足してみる。
照りつける日差しの中
麺をすするほどに汗が吹き出る。


麺と具をいただいた後に
砂糖を投下。
これが意外と合う。
なんかスープに奥行きが出たような錯覚を覚える。


熱々のスープまで飲み干し
30バーツ(約70円)支払って
屋台をあとにした。


汗をかいた頬に
風があたる。
先ほどまでと同じ風のはずなのに
すーっと涼しく心地よい。


バミー・ナーム
後で調べるとそういう名前の朝食だった。
麺と汁の有る無しを選ぶタイの屋台麺。
中華麺風の小麦粉麺(バミー)の
ナーム(汁有り)。
蒸し暑い国で、熱く、辛く、汗をかくものを。
なるほど。タイの気候にはばっちりだ。








― つづく ―